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大鵬さんのおかげです

 私の心に輝き続ける素晴らしき、かつ偉大な人物…

 元横綱の大鵬さん(納谷幸喜氏)が力尽き、ついに逝ってしまいました。

 現役時代は大横綱の大鵬幸喜…、これは異論が出るところではございますが、私の中では『戦後最強』ではなく、『大相撲史上最強の力士』であったと、今でも信じて疑うことはございません。

 横綱大鵬は強いだけではございませんで、何よりその人間性が素晴らしかった。

 スピード出世を果し、その天才的な相撲の取り口を評価され、彼はいつしか『天才』という言葉をほしいままにしておりましたが…

 『オレは天才じゃない、努力家なんだ!』

 天才と呼ばれることを極力嫌い、事実、師匠の二所ノ関親方から受けたスパルタ指導はハンパな物ではなく、それに耐えての増長であるが故に、天才という言葉を忌み嫌っていたという話は有名でございます。

 若手の育成にも積極的であり、粋のいい後輩を見つけては率先して胸を貸し、その誰よりも一番稽古をこなしていたのが最強横綱の大鵬さんでございました。

 相撲界で一番強い横綱が、最も稽古量が多いのですから負ける理由がございません。

 六連覇(年間完全制覇)という偉業を二度も達成できたのは、この人の努力を考えますれば当然のことだと思います。

 無論、一門の後輩達からも心から尊敬され、彼らが大関や横綱に昇進した際、決まって出てくる第一声は…『大鵬さんのおかげです…』でございます。

 二所系(二所ノ関一門)では特に可愛がっていた玉乃島(後の横綱玉の海)との初対決で、玉乃島の外掛けを喰らって土俵の中央に背中から倒されてしまった大鵬さん…。

 玉乃島は恐縮しながら大鵬さんの手を取り立ち上げますと、その場でペコリ…と無言のまま頭を下げました。

 大相撲では自分が世話になった兄弟子に勝つということは『恩返し』という意味であり、玉乃島は初対決で立派に恩返しをしたのです。

 その後、東西の支度部屋にそれぞれ戻った両者…

 勝った玉乃島は風呂場に向うことも無く、その足で大鵬さんのいる東の支度部屋へ直行し…『大鵬関、ごっちゃんでした…』と、また深々と頭を下げたのです。

 『おう シマ、 強くなったな!』(大鵬)

 『本当に… おかげさんで…』(玉乃島)

 これが… この心こそが、相撲道の極意たるものでございます。



 そしてもう一人…

 同じ二所系には『猛牛』と恐れられる『琴櫻』がおりましたが、武器の強烈な『ぶちかまし』を恐れてしまい、なんと稽古相手が逃げ回るという事態に頭を抱えておりました。

 『あの頭突きをまともに喰らっては、稽古場で身体がぶっ壊れてしまうわい』

 やむなく一人で『てっぽう柱』を相手に頭突きの訓練を繰り返す琴櫻でしたが…

 『よおし、来いや!』

 土俵の中央で両腕を広げ、快く胸を貸してくれた人がおりました。

 その人こそ、二所ノ関一門の大統領、大鵬さんでございます。

 『来いや、この野郎!!』(大鵬)

 『あ… ありがとうございます!』(琴櫻)

 琴櫻は躊躇せず、『ドォーン!』と大横綱の胸へ飛び込んで行きました。


 強くなり、晴れて横綱昇進が決まった日…

 琴櫻は人目も憚ることなく大粒の涙を拭いながら、記者会見の席上での開口一番…

 『大鵬さんのおかげです…』

 私が伝え聞きましたこの『美談』は、おそらく一生忘れることができないでしょう。



 大鵬さん、安らかに眠ってください。

 今の大相撲界があるのも…

 そして、私が大相撲を愛することができたのも…

 大鵬さんのおかげです。


 謹んで、ご冥福をお祈りいたします。

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Author:桜川 久慶
雑草ポエム、書籍化することができました。

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