ひとりぼっちの涙

【雑草ポエム 第339話】
この世に生を受けた人間は赤ん坊から始まり、赤ん坊に戻って命を全うするものでございます。
本日は日本列島を大型の台風が通り抜けて行きましたので、デイサービスに出かけることを唯一の楽しみとしております我が母親が心配でなりませんでしたが、難なく気丈にも行って来ることができたようで安心いたしました。
夕食の時、そんな母親がぽつりと一言…
『今日はね…、仲良しの小沢さんが泣いて泣いて困ったよ…』
母の言う『小沢さん』とは、御歳90超のお婆さんでございまして、まだボケてはいないようなのですが、とても内向的なさみしがり屋さんであり、たいへん心の優しい淑女であるという話は聞いたことがございました。
そんな小沢さんですが、今はもう嫁や孫達からも相手にされなくなり、やはりデイサービスのお迎えを毎日心待ちにする日々を過ごしておりました。
いつもの時間にいつもの場所で、傘もささずに送迎バスを待ち続けていた小沢さん。
台風の強風に飛ばされないように、風の向きとは反対方向にある塀際に隠れるようにして立っていたようなのですが…
今日に限りまして送迎バスの運転手が小沢さんの存在に気が付かず、なんと目の前を通り過ぎてしまったそうでございます。
施設に着いてから気付いた運転手は、半信半疑ながらももう一度小沢さん宅へバスを走らせましたが、バスが到着するまでの所要時間は30分間…
吹き荒れる強風の中、なんと小沢さんは独りで泣きながら待っていた…。
『アタシだけ置いて行かれたと思った… 本当にさみしくて悲しかった…』
90歳の小沢さんが、運転手の面前でまるで赤ん坊のように泣きじゃくったそうでございます。
いつも嫁から弾き出されるように家を出なくてはならない状況下にありましては、そのまま敷居の高い息子夫婦の家に戻るわけにもいかず、その場に立って泣いているしかなかったとのこと。
私は母からその話を聞いた時、さぞかし切なかっただろうと思いまして、たまらなく胸が熱くなってしまいました。
人間の心までもがデジタル化され、隣近所に誰が住んでいるのかすら気にならなくなってしまった昨今…。
我々現代人というものが、人間といたしましてどんどん間違った方向へ進んでいるという悲しい現実を、母との食卓上での会話にて再認識することができました。
今日はさみしい思いをさせちゃたね、小沢さん…
ひとりぼっちは…
誰だって辛いもんね…
by 桜川
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