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自分が弱いから負けたのです(篠原信一)

 私は忘れません…、あのシドニー五輪の屈辱を。

 柔道の世界大会では、必ず体重別でランク分けされておりまして、軽量級から重量級まで、自らが最も力の出し易い階級で戦うことができるようになっております。

 大相撲と同じように 柔道とは日本のお家芸でございますので、常に勝たなければならないという重圧が、代表の各選手に重く圧し掛かっております。

 特に最重量級の選手(昔は無差別級)の場合、絶対的に金メダルの獲得のみが期待されてしまうのです。

 最重量級での勝者が柔道界のNO1である以上、他の階級で全滅したといたしましても、最重量級を制した国が世界一と目されるからでございます。

 ですから、毎回日本の最重量級は注目され、勝たねばならない宿命を背負わされて戦わなければなりません。

 2000年に行われましたシドニー五輪・男子柔道スーパーヘビー級の決勝戦、日本のビッグ・ワン『篠原信一選手』も、そんな重圧を背負いながら決勝戦に挑みました。

 相手はフランスの怪力 ダビド・ドイエ選手。

 篠原選手は落ち着いて相手の攻撃を交わしながら、仕掛けるタイミングを見計らっておりました…が、その瞬間、ドイエ選手得意の内股が飛んできました。

 『今だっ!』 

 篠原選手は絶妙なタイミングでドイエ選手の足を交わすやいなや、彼の十八番とも言える『内股透かし』を仕掛けますと、これがものの見事に決まってしまい、ドイエ選手はもんどりうって背中から転落いたしました。

 『決まった、一本、一本だ!』と、斉藤コーチが叫ぶ。

 畳の上で思わずガッツポーズをとる篠原… しかし、何とノーカウント。

 いや… それどころか、相手のドイエ選手に有効のポイントが点灯しているではないですか!

 『そんな馬鹿な…』

 気落ちした篠原選手は、その後も効果ポイントを受けてしまい、結局判定で敗れてしまいました。

 史上に残る大誤審…

 思えば、日本外しを模索していた世界中同連盟の陰謀が、この時既に始まっていたのかもしれません。

 汚れのない証明たる純白の道着に色を付け、美しい緑の畳を黄色く染めて戦わせようとする世界柔道…。

 武道ではない…、単なる娯楽スポーツへ…、もう全てが手遅れです。

 首に掛けられた銀メダルを外して記者会見場に現れた篠原選手は、記者の質問攻めに対しまして『自分が弱いから負けたのです…』と、ボソリと答えただけでしたが、誰もそうは思っておりません。

 気落ちをせず、仕切り直しという気で戦ってさえいれば、実力的には篠原選手の方が上だっただけに、必ず逆転も可能だったはずでした。

 しかし、それが人間 篠原信一にはできなかった。

 『自分が弱いから負けた…』 篠原選手の発した言葉の意味が、今頃になってようやく理解することができたような気がいたします。

  日本側の猛抗議によりまして、IJFは誤審を正式に認めはしましたが、金メダルを奪取するまでには至らず、そのまま篠原選手は引退してしまいました。
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雑草ポエム、書籍化することができました。

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